2010年1月31日日曜日

平将門伝奇考・13 伝説と史実の狭間 Ⅰ

 まだまだ語るべき事柄は尽きない。
だが、そろそろまとめに入ろう。

 まずは、気になるキーワード「タタラ」について。
承平5年の良兼との合戦中に、将門の前に妙見菩薩の化身が現れたという話(源平闘諍録)については前述した。

 将門の前に現れた「童子」は、将門に河の浅瀬を教え、矢を与え、彼の代わりに矢を射て味方する。
良兼はその姿に恐れをなし陣を引いた。
 将門がその童子に跪いて問うと、童子は「私は妙見菩薩である。 上野の花園という寺に祀られているので、志があるならば私を迎えよ。 私は十一面観音の化身であり、五星中の北辰三天子の後身である。 東北の角に向かって我が称号を唱え、笠のしるしに千九曜の旗をさせ」と語った。

 妙見菩薩の守護を得た将門は破竹の勢いで、連戦連勝を重ねる。
これは、神仏の守護譚の多くに見られるパターンだが、この場合、話はこれで終わらない。
やがて、将門が新皇を名乗ると、これが「不敬」であるとして、妙見菩薩は彼を離れ敵の陣営に味方するのだ。

 将門が妙見菩薩をないがしろにした訳ではない。 あるいは、妙見信仰を破棄した訳でもない。
「新皇を名乗る事は不敬である」という理由で、一方的に敵にまわったというのだ。
そして、将門は討たれる。

 この場合の妙見菩薩とは何者であろうか?

 妙見菩薩は北極星を神格化したものであり、北斗七星までを含めて信仰される。
人間界の帝王を守護する神であり、武家の守護神でもある。
後世の千葉周作・北辰一刀流などもこの神を祀り、道場も縁のある神田に設けている。

 鎌倉幕府を起こした源頼朝は八幡神を信仰した事でも有名であるが、鎌倉・鶴岡八幡宮には「北斗堂」と呼ばれる堂が15世紀過ぎまで存在したという。
さらに、頼朝は日光東照宮に摩多羅神として祀られており、摩多羅神は北斗七星の傍星である。
摩多羅神は神像の頭上に北斗七星を戴く北辰に関わる神だ。
故に、この場合、八幡神=妙見菩薩という関係が成り立つ。

 ちなみに、摩多羅神は人の寿命に関わる妙見菩薩と同様の働きをし、陰陽道においては泰山府君と同一視される。 また寿命を司り、死後の世界を支配するという役割から、スサノオとの同一性も見られるという、実に複雑な神だ。

 さて、一説によれば、この八幡神や妙見菩薩、北辰はタタラに関わる神であるとされる。
さらに、将門の首塚に見られる蝦蟇、蛙もまたタタラとの関連性があると言う。
そして、英雄・俵籐太が瀬田大橋で討ちとった百足と将門の関連もタタラとの附合を暗示する。
(前述したように、百足=タタラの図式が成り立つ)

 至るところに立ち現れるタタラの暗示。
これは一体何を意味するのだろうか?


 

2 件のコメント:

mokko さんのコメント...

妙なところで引っかかってしまいました。
泰山府君って十王信仰の泰山王ですよね?
元は中国の冥界信仰の太山王・・・
十二国記を連想してしまいました(^◇^;)

しかし将門・・・どこまで話を膨らませてくれるのでしょう?
タタラ・・・気になるなぁ~
っていうか、実は本当の話で、隠してるだけじゃないのか?
って気さえしてきましたよ
ドキドキしながら次回を待ちます(p^_^q)

miroku さんのコメント...

mokkoさんへ

そして、陰陽道でも信仰されていますね。
安倍晴明も二度「泰山府君祭」を取り行っています。
本来、道教など仙道の神ですね。
これが日本に伝来し、日本土着の神々や仏教と混同されて行く訳です。
庚申信仰と深い繋がりを持ち、故に閻魔とも混同されて行く。
で、タタラ。これは、深いですよ。
一筋縄では行きません。